2012年12月7日金曜日

ルームメイト

旅行から帰り、変わったこと。

同居人が増えていた。
中国から2人のおじさんが引越してきました。現在、間借りしているゲストハウスには、わたし含め3人のアジア人が住んでおります。
近隣のひとたちは、
“マサコの親族がきた”と信じきっています。

夕方になると
ドアをノックする音。
バトミントンしよー。
とお誘いがかかります。

近所の子供の羨望の眼差しを無視して
夕暮れ時、小一時間バトミントンに興じる。

その後、本格中華が食卓に並び一緒にご馳走になる。

先日の献立は、牛の足煮込み。うまし。
蹄、食べました。
コラーゲンたっぷり。
どこで手に入れたのか謎。

今晩は、豚肉とジャガイモ煮込み。うまし。
白ご飯が日本米みたいで、ちょっと感動。
水稲米と思われる。
どこで手に入れたのか、本気で知りたいが、やはり謎。

お二人とも、英語がお得意ではありません。
質問の答えは本人から聞きだせず、
ハウスキーパーさんに聞いてみたところ、
2年間ウガンダに滞在されるそうです。1年という説もあり。

ということは。。。

帰国までの1ヶ月、わたし、まさかの、中華三昧です!

こんなことになろうとは、誰が予想したでしょうか。
ウガンダ・チャイナタウンがカワンダに出現。
今なら一泊、たった20,000シル(夕食中華含む)でゲストハウスにお泊りいただけます。

*1㌦=2,600シル 2012年12月現在

2012年12月4日火曜日

そうだエチオピアへいこう ~エピローグ~

ラリベラを経ち、首都アディスアベバへ。

最後の日は、ドル札を握りしめお買い物へ!
この国、クラフトの宝庫なのです。
食べて良し、見て良し、買って良し。
言うことなしです。

どうしても寄っておきたかったお店がひとつ。
サバハールという織物を専門に扱うお店です。
エチオピアの主要なテキスタイルは織物です。この伝統を生かして、カナダ人のオーナーが魅力的な商品を生み出しています。
実は、このお店にウガンダのシルク糸を輸出していました。
でも、過去形。
シルクの出荷が滞り、うまくマネージメントが行われなかったために今は取引が停止しています。

市内から離れたところに工房兼お店があります。
この工房では、近隣から職員が通い織物と染色をおこなっています。
ここを中心としてトレーニングを行い各村々にグループを組織し、糸などマテリアルを工房外で生産する。それを買い取り、工房で商品を作るという仕組みのようです。

言うは易く行なうは難し

アフリカの地で作り手の意識を高めて、品質を維持し商品を作り続けることの大変さを思うと気が遠くなります。ましてや、近隣だけでなく遠方の生産者もいるわけです。

フェアトレードというと背景の情報が先立ち商品自体への評価が後回しになりがちですが、ここではそんなことを抜きにして欲しいと思える商品が販売されています。洗練された商品の数々にうっとり。

憧れと敬意をもって、お話を伺いました。

最後には、“これからもウガンダから糸を買いたいので、連絡を待っています。”とメッセージを言付かってきました。
ウガンダの生産者はまだまだ発展途上です。そんな中、長い目で生産者の成長を見守ってくれる会社があることが彼らにとって本当のチャンスなのだと思います。
問題は、、、彼らがこのチャンスを自覚していないことでしょうか。目先の利益に走って、取引を台無しにしてしまうことが残念です。
ウガンダの工場の人を連れてきたいな~、しみじみ。

そんなこんなで、その後もあちこち立ち寄り、久々に買い物魂に火がつき、お土産を買い込んできました。

旅行帰りはいつもそうですが、
あぁこの国に住みたかったなぁと思うことしきりです。

そして、イメージしてみる。。。もし、エチオピアに派遣されていたら、

インジェラとワット食べ過ぎて、10kg増量。
買い物しすぎで破産。
伝統ダンスを踊り、肩を脱臼。
エチオピアの色男にたぶらかされて泣きをみる。
夜は、蜂蜜ワインでやさぐれる。
そして、もう5kg増量。
etc. etc...

 うん、わたしウガンダでよかったよね。きっと。

旅行はその国に住む人と出会うことで、思い入れが一層強くなります。
また来たい国が、またひとつ増えました。
*チマキ…ミックスジュース。バナナとなんかとなんかが層になっている。普通の食堂でこんなおしゃれなジュースがでます。はぁ、素敵。

2012年12月2日日曜日

そうだエチオピアへいこう ~歴史都市ラリベラ②~

ラリベラ2日目の夜は、ウガンダの同期ボランティアの紹介で、お土産屋さんを営むベスファットご家族のお家にホームステイさせていただきました。

一般家庭ではなく、かなり裕福、立派な門構えのお家です。
お家に着けば、お菓子がだされ、ご飯がだされ(もちろんインジェラとワット)、これでもかというほどテンコ盛り。食後にはコーヒーセレモニーが始まります。
床には、庭先でとってきた草木を敷き詰めています。
生の豆を炭火で煎り、杵でついて豆を挽く、そして、小さなカップに注いでもらいます。セレモニーというだけあって、いろいろな決まりごとがあるようで、コーヒーを入れる際にはお香を焚いたりして、なんとも異国情緒溢れるおもてなしなのです。
お腹いっぱい過ぎてもう何も入りませんというところ、コーヒーを飲むとすっきり。またもや出されるポップコーンをおつまみにコーヒーをすすります。
このコーヒーセレモニーセット、特別なお家のものではなく各家庭に必ず備わっているマストのアイテムだそうです。町や村にあるなんでもない食堂の一角にも必ずといっていいほどこのコーナーが見られました。

食事が終れば、伝統ダンスが見られる場所へ家族と共にお散歩。
伝統家屋を模した雰囲気のよいお店。ラリベラの名産である蜂蜜ワインをお供にダンスを鑑賞。これがまた美味しいのです。
お母さん、子供たちも一緒に踊ります。チビッ子たちもいっちょまえに肩をカクカクさせて踊っていました。

エチオピアの人たちが誇りとしている自分たちの文化や伝統をこれでもかというほど一晩の中に盛り込んでいただき、満腹。彼らのホスピタリティー天井知らずです。
次男坊は逃走、末っ子赤ちゃんはお休み中。
5人家族のベスファットさん。
そんな魅力的なラリベラの町ですが、暗い一面もあります。
長い間、都会から遮断され彼らのペースで営まれていた生活ですが、インフラが整い世界各国から観光客がくることで経済感覚が大きく変わったのではないかと思います。
支援や観光整備により電気や水が使えるようになり、立派な学校も建設されて生活は改善されたかに見えます。なのに町で見かける子供たちからは何かが失われているようでした。

町の中を歩いていると次から次へと子供たちがたかってきます。
“Give me pen.”
“Hello, socks.”といった頂戴コールに始まり、

“やらせろ”としつこくまとわり着いてくる子供。
わたし、あなたのお母さんと同い年くらいですよ~。
あまりにもしつこ過ぎて腹が立ち、ペットボトルの入った袋で殴る。

そうかと思えば、母親が蒸発して幼い弟と2人で暮らしている、父親の給料はほとんどなくて、あなたの寄付がないと暮らしていけないと流暢な英語で話しかけてくる子供。

片手に1ドル札を何枚も握りしめ、お金頂戴と詰め寄ってくる子。
1ドルの価値は、日本とは比べ物にならないくらい高価です。

子供の写真を撮ると1ブルよこせとお金を要求。
まだ小学校に入りたてくらいの年頃の子供がこんな調子です。

ペンが欲しいというのも疑わしいものです。ウガンダの子供たちは、ペンを欲しがりません。彼らが言うのは、“ギブミー スウィーティー”です。きっと、ペンを集めて安くで売っているのでしょう。外国人にペンをねだるというのは、なんとも巧妙な技です。

表情も荒んでいて、なんとも痛々しい。

友人によるとホームステイ先のベスファットさんも嘆いておられたようです。子供が観光業に手をだし、簡単にお金を手に入れる。学校へも行かず、稼いだお金でお酒やシンナーをしている。ラリベラの未来が不安だ、と。

子供は被害者でもあります。
先進国から来た経済状況のまったく異なる人たちが、村や子供の様子をみて勝手に同情しモノを配る、お金を配る。それに味を占めて、どんどんエスカレートしていく子供たち。
加害者は、善良な旅行者です。

問題は貧しさにはありません。

これはラリベラだけの問題ではないのかもしれません。小さな町だからこそ問題が凝縮されて見えやすくなっているだけで、大なり小なり自分がウガンダでやってきたことも似たようなものだとも思えます。

豊かに暮らす、ということの意味を突きつけられます。
*あの手この手を尽くしてモノを巻き上げようと果敢に挑戦してきた子供たち。記念写真を撮ってお別れ。

2012年11月30日金曜日

そうだエチオピアへいこう ~歴史都市ラリベラ①~

ここでの目的は、世界遺産にも登録されている岩窟教会を訪ねること。
13世紀に巨大な一枚岩を彫って作り上げた建築群です。
では、さっそく写真を。
クロス型の教会
周辺を掘りぬいて作った建築。もちろん内装も削って作られている。
というように、こんなんどうやって作ったん!?と驚きを隠しきれません。町の中心部にある12の教会は岩をくり抜いたトンネルで全て繋がっているそうです。世界不思議発見!です。

ラリベラは陸の孤島。飛行機なら首都から1時間ですが、陸路での移動は2日がかり。ウガンダなら歩いていればどこかに着きそうな、なだらかな地形ですが、エチオピア北部は断崖絶壁、谷や崖に阻まれてまっすぐ進むことは到底出来ません。、そして乾いた大地、生い茂る緑は見当たりません。そんな世界の果てのような場所に高い文明をもつ王国があったというのですから、謎は深まるばかり。

ここに住む人々にとってこれらの教会は今も信仰の対象です。老若男女問わず、教会を通るときには跪き地面に口付けし、十字をきっていました。わたしが訪ねたのは日曜日。多くの人たちが朝早くから石畳の道を岩窟教会へ向って歩いていきます。白い布を巻く人々の行列とともに歩いているとタイムスリップしたような感覚にとらわれます。その光景は神聖で、何百年と受け継がれてきたであろう信仰の深さを垣間見ることができました。

午後からは、町から離れた山の上にある教会へ。
ここは車が通ることのできない道のため、ミュールというロバと馬を掛け合わせた頑丈な乗り物(?)にのって向います。
傾斜の激しい道を登り、村々を通りすぎていきます。
小麦畑が黄金色で風になびいていました。溢れる緑の中で暮らしてきましたが、久しぶりに寂びた風景を眺め懐かしい気持ちになります。
山道を登ること1時間半、教会に到着すると司祭が外出中ということでご飯にお呼ばれ。
絶壁をくり抜いた場所で、お食事を分けていただきました。

こちらのインジェラは厚めでふかふか。ワットは豆とジャガイモ。素朴で美味しい、エチオピア料理レベル高し。飲み物は、モルト地酒です。うーーーん、こっちは味なしでした。

司祭到着後、教会へ案内していただき見学。
そして、山の天辺から見る風景の壮大なこと。広大な海は航海することができますが、広大な荒野は何者も寄せ付けない毅然としたものがあります。この世界に生まれれば、ただただ自然の前で頭をたれるしかないだろうと敬虔な気持ちになります。

帰り道、小さな村落からすすり泣く人の行列、白い布が巻かれた担架とすれ違いました。村で3歳の子供が亡くなったそうです。村の人たちが向う先は、わたしが訪ねた教会。今も村の人の暮らしの一部であり、信仰の対象であり、命と密接に繋がっている場所です。

そうだエチオピアへいこう ~プロローグ~

4泊5日エチオピアの旅。
行く前に友人からいろいろ情報を収集していました。
最高!という人もあれば、顔をしかめる人もあり。見所は多いのですが、一筋縄ではいかない国という印象。

エチオピアは、アフリカの中で稀にみる植民地化されたことがない国です。一時期イタリアの支配下に置かれたことはあるようですが、占領からは免れています。
そういった歴史背景もあってのことか、エチオピア人は自分たちのことをアフリカ人とは言いません。
“われわれは、エチオピア人である。”
独自の文化、伝統、宗教、言語、文字などをもつ誇り高い民族です。

到着後、市内に行くものの、もろもろのトラブルに振り回され航空会社で立ち往生。早くも出鼻を挫かれ、がっかりのところですがエチオピア人の懇切丁寧かつ手際の良い仕事っぷりに、ウガンダじゃありえないわ、と感心。しかし、残念なことに当初予定していたゴンダール、ラリベラという世界遺産の地2本立ての計画は崩れ、ラリベラ一箇所の訪問に変更。

その後、首都在住のボランティアと落ち合い、あちこち案内してもらいました。行く先々で感動の嵐。小さなカフェでコーヒーを飲めば、やけに美味しくて感動。お釣りを返すときにもう一方の手を添えていて感動し、“Thank you.”と言ってもらい感動。礼儀正しく控え目な対応にすっかりエチオピア人びいき。“エチオピアさいこー!”と連呼しておりました。

何より、旅の醍醐味は食べ物。
これが期待を裏切らない美味しさなのです。
町のレストラン
AMBOはソーダ水。ラベルすてき。
主食はインジェラ。見た目はクレープのよう。テフという粉を使用し、生地を3日ほどおいて発酵させたあとに鉄板で焼いています。酸っぱくて、ふわふわで、味わい深いのです。そこにワットと呼ばれるソース兼おかずをのせ、インジェラをちぎり包みながら食べるのがこちら流。ソースはスパイシーで、これまた絶品。種類も豊富で4泊5日じゃ全てを網羅できないという悲しい事実に気づき、日程が悔やまれます。

夕食は、伝統ダンスを見ながらいただきました。
こちらは、懐石風?いろんなソースが少しずつ盛られています。遅いランチでお腹いっぱいと思っていたのですが、食べずにはいられない。あぁ美味しい~。

伝統ダンスも東アフリカ圏のダンスとはがらっと変わって、メロディー重視。民謡のよう。そして、腰ではなく肩をこれでもかというくらい前後左右に動かして踊ります。
そうそう、人の顔立ちも大違い。肌の色は浅く、アラブ系の鼻筋の通ったすっきりとした顔。美男美女がそこかしこで見られます。

初日にして、異文化の波をがっつり浴び、快いカルチャーショックを受けたのでした。

2012年11月29日木曜日

進展

週末から4泊5日でエチオピア旅行へいってきました。
これが旅行納めということで、じっくりとひとり旅。満喫してきました。
はりきって旅行記! の前に職場での進展をお知らせ。
遊んでばっかじゃないんだよ、というアピールをこめて。

これまで、カワンダ近隣に住む女性に向けてクラフトを通じた収入向上を働きかけてきました。メンバーの顔ぶれも定まり、グループの核となるメンバーも育っています。また、販売先も確保し、なんとかJICA関係者への販売だけに頼らず売り上げを伸ばしています。

今年の1月から月に一度の定例ミーティングを始め、グループを組織化しようとメンバーと共に試行錯誤をしてきました。
メンバーが行政へ提出するための書面を作成し、各地域の代表からレターを集め、何度も何度も県庁へ足を運び、やり直しを繰り返していました。
11月22日、約一年越しでKASICA(Kawanda Silk Craft Association)が正式にクラフトグループとして行政に登録されました。
左から、AISHA, HOPE, LIZ, SHAKIRA
SHAKIRAの子供たちNYONYO, JONAH




これは私が働きかけたことではなく彼ら自身が必要性を感じ、投げ出すことなくひとつひとつの課題をクリアして行き着いた結果です。行政の面倒な手続きをクリアできたのは、自分たちの組合だという当事者意識がなければできないことだと思います。

グループはゆっくりと着実に歩んでいます。

2012年11月14日水曜日

自給自足

ここにきて問題が浮上。
これまで糸を購入してきた工場との取引停止が正式に決まりました。

はぁ~。

理由は、海外への輸出で忙しいから。少量のオーダーなんかに構ってられるかみたいな?
今までも散々待たされてきたのですが、このところは販売先が安定し、こちらも生産量が上がってきたため待ってばかりもいられません。
いつものことながら腹立たしいことを数え上げればキリはないのですが、サッサと見切りをつけて対策を考えております。

名づけて
“自給自足プロジェクト”

NSCには、糸を作るための設備もある、繭も少しだけどある、作り方の猛特訓を受けた優秀なスタッフもいる、メンバーのやる気がある。
これだけあれば十分じゃないですか!

というわけで先週木曜日に座繰り講習兼生産を1日でがぁーーーーーっとやりました。繭は収穫して約4日経過。これ以上放置すると蛾になっちゃうということで、強行スケジュールであります。

無理も無謀もひっちゃかめっちゃかで、とにかく糸は出来上がりました。
女工哀史のような苦味はまったくない、カラッとした気候と女性たちによる完全手作りシルク糸。
蚕を育て、糸作りから商品制作まで、全てわが町カワンダで行われております。

100% Made in Uganda ならぬ
100% Made in Kawanda です。

2011.03 より
*優秀なスタッフのひとりであるホープさん、いや、ホープさま。